三重苦(コロナ禍、戦争、物価高)とマイスターの役割



(一社)全国技能士会連合会  会長 大関 東支夫
全技連マイスター会

 全技連マイスター大阪支部創立10周年おめでとうございます。
 この記念すべき大会にお招きを受け講演の機会を頂いたことを大変光栄に思います。
 私は3年前(2019年秋)に開催された技能士大会で申し上げたことがあります。
「歴史的にみると、40年周期で大きな戦争・紛争が起き、30年周期で経済は大変動が起きて世の中が変わっている。2020年はこの戦争と経済の周期が重なる年になる。不気味だ。東京オリンピック開催の年だが心配している」と。
 新年挨拶でも同じことを繰り返したため参加者から苦笑されたことがあります。
 不幸にして、心配していたことが現実となってしまいました。

1.歴史は繰り返される
 今の時代は、第一次世界大戦当時と似ていると言われます。
 あの時はヨーロッパで起きていた戦争にアメリカが参戦します。支援に入ったアメリカ兵がウイルスにかかっていたため両軍に感染拡大していきます。戦争中なので士気にかかわるということもあり公表しませんでした。戦争に関係ないスペインで発表したことで「スペイン風邪」と名付けられます。その時には「すでに遅し」です。その後、世界中に蔓延し5億人以上の感染、死者が1億人を超えたと言われます。

 深刻なのはその後の歴史でした。
 米国で環境破壊がおきます。大草原を次々に焼き払い開拓したことでダストホール(大砂嵐)が数年続きます。作物がとれません。200万人を超える農民が土地を捨てて都会に流れてきます。スタインベッグの小説「怒りの葡萄」のモデルにもなっています。
 ウオール街では株が暴落します。これにはケネディ元大統領の父も一役かっています。この方は天才的な投資家でした。ある日路上で靴磨きしてもらった少年から、「旦那、次の上昇株は〇〇ですよ」と言われる。「靴磨きの少年までが株にのめりこむ。もう相場は終わりだ」ということで持ち株のすべてを売りに出します。噂は広がり株が大暴落。ブラックマンデーといわれます。世界大恐慌がおき、大失業時代がはじまります。

 ヨーロッパは第一次大戦の終わったあとで疲弊していました。特に敗戦国となったドイツに対し、2度と立ち直れないほどの賠償金を課します。双方に大きな恨みを残すことになります。
 世界中に不況、不安、不満が広がり強いリーダーが求められます。現れたのがムッソリーニ、ヒトラー、スターリンといった独裁者でした。第二次世界大戦が始まります。

 歴史は繰り返します
 過去の歴史でも、感染症のパンデミックが起きた時代は不思議なくらいに戦争が重なります。インフレも起きます。過去に3回ほど大流行したペストの時も同じです。

2.新たに始まった三重苦

 (1)コロナが収束しない
 中国武漢で発生したコロナですが、全世界に感染が拡大し3年近くになっても収束しません。いつまで続くのか。
 国により異なります。これまでウイズコロナ(コロナと共生)政策をとってきた国は感染者数こそ多いですが、それだけ集団免疫を得てきています。症状は軽くなり自覚症状のない感染者も増えてきました。まもなく収束に向かうと考えられます。
 問題はゼロコロナ政策をとる中国や北朝鮮です。14億人の国民の集団免疫ができていないのです。中国製ワクチンが効かないとの話もありますが、ゼロコロナ政策のため集団免疫を得られるまでに時間がかかります。発生するたびに都市封鎖が繰り返されていますので中国経済は大停滞します。

 (2)新たな戦争が始まる
 ロシアがウクライナに侵攻し戦争が始まりました。当初、ロシアは「3日程度で終わる戦争だ」と豪語していましたが、すでに8か月以上経過しても治まる気配がありません。
 イタリアの思想家・マキャベリは、「戦争というものは、誰かが望んだ時に始まる。しかし、誰かが望んでも終わるものではない」と言っています。今や戦争を始めたプーチン大統領でも止められない状況になっています。

 戦争は莫大な兵力とお金がかかります。攻撃する側のロシアは守る側の10倍の兵力と費用が必要になるそうです。ロシアの報道では兵の5000人以上が死亡したと発表していますが、欧米の調査機関によると「8万人以上の兵が死亡し、その3倍くらいが負傷している」としています。ロシアでは新たな兵士の動員をしていますが、国民の強い反発を受けています。国民も支持しない戦争なのです。
 ロシアは決して大国ではありません。面積こそ日本の43倍ありますが、人口は1億4,000万人。日本より少し多い程度。国家予算は日本の3分の1程度です。戦費は1日200億円以上掛かっているそうです。2月に始めた戦争ですが、すでに国家予算を超える額を使い果たしたことになります。

 一方、守る側のウクライナに対しては欧米等から高性能の兵器をはじめ 9月時点でも11兆円以上の軍事支援が行われています。しかし支援疲れもでてきています。冬が近づくと石油やガスが必要になります。ロシアの石油やガスが止まると困る国もあります。厳しい冬に入る前に停戦しなければ兵も消耗し単独では戦えません。財政も破綻します。必ず停戦の動きがでてくると思います。

 ロシアのメンツを立てて一時停戦の形をとるのではないでしょうか。しかし停戦後のロシアは敗戦国同様の扱いになりそうです。世界中から相手にされない国になり外国企業は撤退、失業者も増加します。治安も悪化して観光客も訪れそうもありません。頼りとする中国からは属国、用心棒扱いされそうです。
 怖いのは第一次大戦後に自暴自棄になったドイツのように、ロシアが死にもの狂いで核戦争を仕掛けてくることです。第三次世界大戦、地球破滅戦争が始まります。

 (3)インフレと食料危機が起きています
 いま世界中で物価が高騰しています。コロナや戦争が原因で流通が止まり石油や小麦等原材料が高騰しました。世界のインフレに繋がっています。
 物価高以上に怖いのは食料危機です。肥料の輸出が止まっています。来年の作物にも影響します。食料をロシアやウクライナに依存してきたアフリカ諸国等は深刻です。
 さらに心配なのは、いま急騰する物価を抑えるために世界中が金利を上げるという金融政策がとられていることです。いま景気が良いわけではありません。物価高を抑えるために金利を上げる政策がとられれば企業倒産は増え、大失業時代が到来します。
 今回の物価高は、流通経路が途絶えたことによるものです。国連監視団や国連軍が強制介入してでも流通経路を安全に確保することが先決のはずです。

 なぜ人間は同じ間違いを繰り返すのか。素人でも分かるような馬鹿げた戦争を起こし、的外れな経済政策を繰り返す。それは「辛い思い、痛い目にあった人たちが表舞台から消えて、全く知らない人たちが次の社会の中心になる」。人が入れ替わる時に起きています。
 経済と戦争の周期の違いは痛手や記憶の違いの差だと思います。

3.日本に明るい展望はあるのか

 (1)悪い円安なのか
 日本だけが金融緩和策を続けているため日本の通貨・円が下がり続けています。150円を超えることも度々です。10年前は1ドル80円台。2年前でも100円台です。
 円が安くなると石油や小麦など原材料を輸入する場合に高い買い物をすることになります。急激な円安では企業の対応もできません。いまは悪い円安と言われています。

 戦後1ドル360円という固定相場の時代がありました。まだ戦後の日本経済が不安定な時代の話です。
 日本の経済活動を監視していたジョゼフ・ドッジが1949年(昭和24年)池田総理と話し合って決めました。当初の米国案は330円でした。結果は「円は360度だ。1ドル=360円」とする。米国にとって日本の通貨などどうでもよい時代でした。
 金融政策は間違うと大変なことになります。私は平成元年(1989)に日本で起きたバブル崩壊のことを思い出します。
 当時、「土地は下がらないもの」という「土地神話」が生まれました。競って土地が購入され上がり続けます。日本全ての土地の価格が米国全ての土地の価格の3倍にもなりました。とてもサラリーマンがマイホームを持つことは不可能です。
 国や日銀が非難を受けます。日銀の三重野総裁は厳しい世論の声に押され、「金利を上げ、不動産への融資を禁止する」という金融引き締め策を強行します。景気は一気に冷え込みました。円高となりその後も長く続きます。日本から工場が海外に移転し続けました。失われた30年となりました。

 (2)円安のメリット
 円安は輸出関連の企業の多い製造業にとっては競争力が増して大きなプラスになります。すでに来年3月期最終損益予想は3社に1社が上方修正、下方修正は2割にとどまっています。
 海外から多くのインバウンドもみられます。世界観光開発の調査で、コロナ収束後に行きたい国ランクで日本が第一位になりました。円安のため飛行機、ホテル、食事、商品がみな安く感じるようです。お土産を爆買いしている観光客も見られます。良い円安の姿です。私には「神風が吹いている」と感じています。
 来年の今頃にこの円安が「悪かったのかよかったのか」評価されます。

 (3)ものづくりは時代環境に影響される
 コロナ禍では、医薬品、マスク、アクリル等が繁忙を極めました。
 戦争になれば軍事産業が主役になります。今回の戦争で核は最後まで使えないことも分かりました。今後は古典的な武器、弾薬に加え、ドローン、無人機、ロボット等ハイテク兵器の開発、生産が重視されてきます。
 これからの戦争はITを活用した情報戦略と武器が中心になります。
 破壊されたウクライナの国土回復には、建築、土木、水道、下水等インフラ関連の技術、技能者が渇望されます。日本を含めて世界からの支援が必要になります。

 世の中が混乱するほど、優れたリーダーが求められます。悪い独裁者を誕生させてはいけません。日本のものづくりは冷静に対処していくことが大事です。
 ものづくりは戦争のためにあるのではなく人の生活を守り幸せにするものです。軍事産業が国民の支持をえるためには専守防衛に徹した防衛システム、兵器等の開発に特化すべきです。ものづくりを平和的に推進している国や都市は地味ですが元気です。

4.マイスター(指導者)の役割
 混迷している今の時代に私たちマイスターはどう対応をしていけばよいのかを考えたいと思います。

 (1)人づくりと技能継承
 まずは、「人づくり・技能士育成と技能継承」はマイスターの基本的役割です。徒弟教育が技能継承の基本になります。注意すべきは、「弟子は親方を超えられない」ということ。
 そのためにもマイスターは自らの技を高めなければなりません。

 (2)時代環境の変化を読み,乗り切る能力
  @ 時代の変化をよむ必要があります
 戦後の日本は15〜30年単位で変わっています。
 ・戦後期 1945〜
 ・高度成長期1960〜 所得倍増論からはじまりました。
 ・絶頂期  1975〜 天皇在位50年式典時期。
            ジャパン・アズ・ナンバー1。
 ・長期低迷期1990〜 バブルが崩壊し長引く円高。生産現場の海外移転。
 ・選別成長期2020〜 産業、職業、国民の格差が広がる。
            技能士は勝ち組に入らなければなりません。
  A 時代環境に乗り遅れないようにする
 幾つかの教訓があります。
 A.ダーウイン「進化論」からの教訓。
 「この世に生き残るものは、最もちからの強いものでも、最も頭の良いものでもない。変化に対応できる生き物だ」。企業でも技能の世界でも同じです。
 B.童謡「待ちぼうけ」からの教訓
 作詞・北原白秋、作曲・山田耕作の童謡です。旧満州国の教科書に載りました。
 韓非子の中の説話が元です。昔、宋に農民がいました。彼の畑の隅に切り株があり、ある日そこにウサギがぶつかり死んでしまいます。獲物を持ち帰り食べた百姓は、それに味をしめ、次の日から鍬を捨て、またウサギがこないかと待ちますが二度と来ません。作物は実らず、百姓は国中の笑いものになりました。
 「偶然の幸運を当てにして時間を無駄に過ごすな」、「楽をして金儲けをしようとするな」という教訓です。
 似たようなことが技能士の世界にもあります。
「昔はよかった」「待っていれば昔のような良いことがあるかも」と思っている職種もみうけられます。良い過去は待っていても来ないのです。
 C.日本の100年企業からの教訓
 日本には100年以上続いている企業が3万社以上あるそうです。これは世界一です。1,000年以上の企業が6社あります。この大阪・四天王寺の金剛組です。
 こうして長年続いている企業から存続・繁益する知恵を学ぶべきことできます。

 【例1:トヨタ自動車】
 「豊田自動織機」として1890明治23年創業しました。
1993年に自動車部開設し1936年トヨタに、1982年トヨタ自工とトヨタ自販合併し「トヨタ自動車梶vとなります。1989年アメリカに高級乗用車レクサス(日本名セルシオ)を立ち上げて世界車として成功します。
2008年リーマンショック、大規模リコールで赤字に転落します。2011年東日本大震災、タイ大洪水、記録的な円高で危機的状態に陥ります。
しかし原価低減VA活動、意思決定迅速化のため取締役大幅削減、海外事業体に権切り委譲するなどして危機を乗り切ります。
 2012年には世界販売台数1位奪還。2013年営業利益1兆円超え達成します。
ここで満足せず、2016年〜から100年に一度の大変革の時代に入ります。「自動車をつくる会社」から「モビリティカンパニー」にモデルチェンジしたのです。世界中の人々の「移動」に関するあらゆるサービスを提供するという会社に変身しています。

 【例2:富士フイルムHD】
 「富士写真フイルム」として1934創立しました。写真感光材料として世界一の会社になりますが、1990年ゼロックス、2005年産業用インクジェット、2008年富山化学工業買収していきます。2010年以降は医療、医薬、半導体が主力となる会社に変身します。いまや売上2.5兆円の超優良企業です。
 対して、かつて感光フイルム世界一だった「コダック社」は印刷業となり、現在の売上は年10億円の中小企業です。時代に完全に乗り遅れたのです。

 D.良き経営者、管理者からの教訓
 私の好きな言葉、教訓があります。
 「勝ちに不思議の勝ちあり 負けに不思議の負けなし」(長崎平戸の大名・剣術家松浦静山の言葉。故野村監督座右の銘)です。不思議に勝つことはありますが、負けには必ず原因があります。経営の赤字にも必ず原因があるのです。
 この原因を見つけ対処することが次の勝利、黒字に結びつきます。

  B 営業面での変革も必要
 よく、「技能士はものを作るのは得意だが商売がへた」と言われます。営業改革が必要です。

 ・高く売れる営業
 ・顧客とともに成長発展する営業
 ・時代変化、顧客ニーズに対応できる営業
 ・アナログ技能とデジタルITの連携が不可欠。
  CPグラフィク、3D印刷、ネット等進展を先取りできる営業開発に取り組みましょう。

  C 技能士の経済的・社会的地位向上
 マイスターは夢と誇りの持てる技能士の世界にしなければなりません。技能士の地位向上への道を作る役目です。若者への道を作り希望の持てる職業にしていく。
 @ 経済的地位 「技能士になれば蔵が立つ」社会です。
 A 社会的地位 「卓越技能士が正当に尊敬・尊重される」社会です。
 未熟な技能士が「賃金が安い」「もっと技能士を尊敬しろ」といっても相手にされません。卓越技能士、マイスターだからこそ主張できるのです。

5.最後に

  (1)「人格が作品に現れる」
「人格が作品に現れる」と言います。マイスター(親方)は自らの技能を高めることも大事ですが人格形成つくりがさらに大切になります。徒弟教育であるなら「親方の技と心・人格」まで伝えられます。

  (2)「運」を呼び込む
   永く生きていると「世の中の流れに逆らえない、努力してもどうにもならない」ことがあることが分かります。そして人生は「運」に左右されることも分かります。
 では「運」は呼び込めないのか
 私の経験で運のよいと思われる人に共通していることがあります。
@人やものに対し、常々、「感謝」の言葉を口にします。
A運の良い人と付き合うことが多くなる。心地よい人と付き合う。
B運気を下げるような人は極力避けている。
C良いと思ったことはすぐに行動に移す。
D過去の出来事にとらわれないで現実と未来を重視する。
  こういう人を見習うと「運」が呼び込めるように感じます。人生も変わります。

  (3)鎌倉武士にみる技能士魂
 NHK大河ドラマで「鎌倉殿と13人」を放映しています。
 関東武士は関西の武士と異なります。土地を天皇から与えられていません。自ら開墾し領地としてきました。「一所懸命」の言葉にあるように一つの所に命を懸けます。
 領土を守るため情け容赦ない戦いが続きますが、「禅」の広がりとともに人間性にも目覚めていきます。現れたのが、「金を惜しむな、命を惜しむな。名こそ惜しめ」の鎌倉武士の魂です。これは技能士にも共通した生き方のように思います。
 職業費(会費、道具)にかかる金を惜しまない。損得は二の次。自分の名を辱めないような作品を作る。自分の作品に責任を持つ。これぞ日本の匠の技、マイスターの姿です。

   皆さん、マイスターの使命感を持って頑張りましょう。
 長時間のご清聴ありがとうございました。